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自分のために笑いなさいと

笑って、笑って、嗤ってきた。
ひたすらに張り付けたような笑みを。
相手に怪しまれないように。
自分の目的を果たすために。
そして。

自分を嘲笑う。
あざけわらう。
わらう。

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「っあーーーーーーーー……」
「なんだよレイン、辛気くせーツラしやがってよー?」
「ははっ、そんな顔してましたー?
別に、ちょっと疲れただけですよー?」
「…それならいいけどよー。」

カエルくんが何を言いたいのかはなんとなくわかるけど、それを言ってこない。
そんなところがどこか過去の彼とそっくりで、本物の彼ではないのにふと昔を想う。
かわいいレイチェル。かわいいボクの妹。
カエルくん。大事なボクの研究仲間。友達。
昔はこんな髪色ではなかったし、髪型だって普通だった。
それがすべて変わったのは、あの時から。僕が13歳になる誕生日。
大事なものが奪われてしまえば、なんてことはない。
ボクは妹がくれるはずだった誕生日プレゼントの懐中電灯と同じように、心の時を止めてしまった。
それでも研究はできるし、彼女を蘇生させる術は見つかる。

はずだった。

「なんでこんなことになってるんでしょうねー…」

ぽそりと呟いて、ギィ、と音をさせて椅子の背もたれに体重をかける。
すぅ、と目を閉じて、ボクは浅い眠りに落ちていく。

(ああ、夢の中だ。)

夢の中は心地いい。
何もない。誰もいない。
ここでだけは、自分一人でどんな感情すら自由だ。
だから、夢の中のボクは全く笑わない。他の表情も出ない。
ただひたすらに、無表情でなにも考えずー…

(…?)

暫くの時がたってから、呼ばれた気がした。
ボクの名前を。愛しいあの子に。

(わかったよ、レイチェル、今そっちにいく、から…)

行くから、だから、

「ちょっと、待って…」
「レイン?」

近くで声がした。
凛と響く、透き通っていて迷いのない声。
ああ、そうだ、レイチェルもそんな雰囲気の声をしていた。
でも、目の前に居るのは妹ではない。愛しいあの子ではない。
絶対に想ってはいけない相手。少し情が移ったくらいでも危ないのだ。
なんとか、なんとか彼女と離れなければ。

「おやおやー、撫子くんじゃないですかー!
これはお久しぶりですー、ちょっとボク、最近少しばかり忙しくてですねー。
申し訳ないんですが、今日はもう帰っていただけますかー?起こしてくれてありがとうございますー。」

すぐに笑顔をつくる。
いつもの笑顔だ。
一見すれば普通の笑顔。愛想のいい、綺麗な。
ボクからすれば、吐気のするような笑顔なのだけれど。

「ね?帰ってくれますかー?」
「帰らないわよ」
「はい、それじゃあまたあし…って、なんですかそれー。
ボクは忙しいんですよー?」
「知らないわよ。
それに、そんな顔してる人置いて行けるわけないじゃない。」

顔?
変な顔にはなっていないはずだ。
この子は何を言っているんだろうか?

「ねえ、レイン、なんで笑ってるの?」
「…ボクはいつもこんな顔ですよー。」
「違うわ。いつもの顔と全然違う。
なにがなんて言えないけど、でも、違うのよ…!」

挙句の果てにぽろぽろと彼女は涙を流す。
ああ、綺麗な涙。
愛しいほど、妬ましいほどその涙が美しい。

「…レイン、なん、で、泣いて…?」

言われて頬を触れば、濡れた感触があった。
泣くなんて本当に意味がわからない。ボクはどこか壊れたのだろうか。
いや、もとから壊れているのかもしれないけれど。
ああ、でも。

「君に敵わないってことだけは、よくわかりましたよー…」

いつぶりにか、ちゃんと笑えた気がした。

------「笑う」なんて、それこそ記号のようなものだったから。-----
レイ撫第四話。レイン視点。
三話で撫子が部屋に向かって、それからレインが寝てて起こした、って感じです。
わかりにくくてスミマセン_(:3」∠)_
一応次で終わりのはずです。

怪しまれないようにするってことだけ考えれば、それは自分のためなのかもしれないけど、自分の悲しみや喜びを自分のために表現出来なさそうですよね、レインって。
撫子の「違うのよ、」っていうのは、本当は普段から無意識に思っていたこと。
でも撫子の周囲にはそういうまったく自分の表情を見せようとしない人間があまりいなくて、違和感がどうにもわからない、言葉に出来ないイメージでお願いします。

お題:「群青三メートル手前」より